精霊の守り人シーズンⅠもいよいよ最終回となりました。
果たしてチャグムは無事に生き残ることができるのか?タンダはバルサへの想いを遂げられるか?幽閉されたシュガは助かるのか?藤原竜也は結局あのまんまなのか?などなど、疑問符いっぱいの視聴者が大勢いると思います。
そんなモヤモヤをすっきり解消してくれる最終回のあらすじはこちらです!
それぞれの元居た場所へ。「精霊の守り人」第4話あらすじ
精霊の卵を抱いたチャグム(小林颯)は、バルサ(綾瀬はるか)たちを置いて突然どこかへ消えてしまいました。卵が産まれるときが近付いているのです。
バルサとタンダ(東出昌大)そして狩人のジン(松田悟志)は、チャグムのあとを必死で追いかけます。ラルンガはまだ、卵を食おうとチャグムを狙っているにちがいないのです。
トロガイ(高島礼子)はシュガ(林遺都)のもとに連行され、ふたりは古文書からある事実を突き止めました。チャグムの行く先は水源、そして卵はナージという鳥によって海へと運ばれるというのです。
トロガイのメッセージを受けたチャグムは、バルサの手を借りてナージに卵を投げ上げました。卵はラルンガの触手を逃れてナージの元へ。
そしてバルサは炎によってラルンガを退治しました。
すべてが終わったと思っていたとき、都から迎えの輿がやってきます。
兄皇子が死に、チャグムが皇太子となったというのです。国へ帰るか、バルサと行くか、チャグムは逡巡しますが、自分の運命を受け入れて生きることに決めました。
バルサとタンダ、チャグムはそれぞれの道を歩むことになったのです。
ところが、夏至まつりの夜、バルサはチャグムの前に姿を現しました。
久しぶりの降雨に民衆が歓喜の声を上げる中、賓客として招かれたカンバル王(中村獅童)に鋭い刃を投げたのです。その後バルサがどうなったのかは、まだ誰も知りません。
「精霊の守り人」第4話感想 バルサの複雑な心境は
おめでとうございます!とうとう迎えた大団円!これって一応ハッピーエンド……ですよね?!思わずそう確認したくなる衝撃のラストシーンでしたね~。
夏至まつりの最中に、騒ぎに紛れてカンバル王の命を狙ったバルサ。あんなところからかんざしを投げたとしても到底届くとは思えません。それなのに、バルサはなぜあんな無謀なことをしたのでしょうか?これは最終回の見どころと、大いに関係のある話だと思われますね。
ラルンガを退治したシーンも派手でよかったのですが、やはりドラマの見どころはチャグムの自立と別れ、そして旅立ちのあのシーンではないでしょうか。バルサの弟子になって諸国を回るつもりでいたチャグム。
そしてジグロ(吉川晃司)との旅を思いだして幸福な気持ちになっていたバルサは、別々の道を歩むことになります。「お前のためにここで一暴れしてやろうか?」そう言ったバルサの言葉は本心だったでしょう。
でもチャグムの方が何倍も大人で賢くて理性的なんですよね~。さすがあの王宮で暮らしていただけのことはあります。ジンの命を救い、帝(藤原竜也)のメンツも潰さず、うま~く帰還報告をこなしたチャグムがスゴすぎます。
恐ろしい子……!その賢さゆえにこの先ずっと実の父から命を狙われることになるんだろうな。本当に不憫です。
「人のために生きようとするな。誰かのために生きるなら、顔も知らない誰かのために生きろ」このバルサのセリフが素晴らしくて、チャグムの心にも響いたんじゃないかと思います。
皇子が自分のためにカンバル王を倒すと言ってくれて嬉しかっただろうね、バルサ。ただ!この別れがバルサの心にぽっかりと穴をあけたのは確実!そして再び火をつけたのも事実!
年端もいかない子どもに、自分の復讐を約束させてしまったふがいなさ。バルサは自分の人生のケリを自分自身の手でつけようとして無謀な凶行におよんだのではないでしょうか。
お迎えさえ来なければ、タンダと3人で仲良く暮らしていけたのにねぇ。ってか、まっっったく抑止力にならないタンダの真心が不憫すぎる。タンダ!いい男ですよ!怪我も治してくれるし~。
でも、バルサはやはり用心棒稼業を続けていくのでしょうね。人を殺して生きてきたんだもの、気持ちのうえで、そう簡単にしあわせにはなれないのかもしれないです。 結局チャグムは生き残り、タンダはふられ、シュガは出世街道まっしぐらで、藤原竜也はあのまんまでした。
で、バルサはどうなったの?という結論は出ないまま、シーズンⅡに突入していくわけですね。ニノ妃(木村文乃)にもふたりめが産まれそうだし、聖導師はあやしいし、中村獅童がこのまま終わるわけないし、まだまだ物語は続いていくようです。
ドラマシーズン1での該当する原作は「守り人」シリーズの最初の作品でチャグムとの出会いが描かれ、ドラマの根幹をなす「精霊の守り人」
そして、ジグロがバルサを連れて故郷カンバルからすべてを捨てて出ていったことや幼いころのタンダが描かれてもいる「流れ行く者」