2019年4月から放送の朝ドラ【なつぞら】
主演はセブンティーンモデル出身で若手演技派女優として人気の広瀬すず。
その役は戦争で両親を亡くし、のちにアニメーターとして大成する女性。
朝ドラ100作目であり、99作目のヒロイン発表より前に発表となる異例の早期発表でも話題になりました。
ここでは、広瀬すず主演朝ドラ【なつぞら】のキャストを紹介しています。(放送で明らかになった登場人物の設定を加筆していきます。ネタバレしていきましす、ご了承ください。)
これまでの発表ごとに相関図を作りました。
- 連続テレビ小説「なつぞら」相関図(第1版)
- 連続テレビ小説「なつぞら」北海道編 相関図(第2版)
- 連続テレビ小説「なつぞら」北海道編 相関図(第3版)
北海道十勝編【奥原家の登場人物】
奥原なつ 広瀬すず
昭和12(1937)年8月15日生まれ。両親を戦争で亡くし、兄妹と別れ、父の戦友・柴田剛男(たけお)に引き取られ、十勝に移り住む。戦後1946年当時9歳。剛男の義父・泰樹(たいじゅ)のもとで、牧場を手伝ううちに、持ち前の明るさを取り戻す。高校卒業後は上京し、草創期を迎えていたアニメーション業界に飛び込む。アニメーターとして、大自然の中で育まれたみずみずしい感性を発揮していく。|1955年、高校三年生の時、高校の演劇部の舞台「白蛇伝説」で「ペチカ」と「神様の使い」の一人二役を演じる。東洋動画スタジオの作画課の試験は落ちるが、セル画への色をつけやトレースをする「仕上げ課」へ入社する。高卒の臨時採用で給与はひと月5000円。(これ以降は 東京新宿&アニメーション編 をご覧ください)
幼少期のなつ 粟野咲莉
戦後の混乱の中、浮浪児として妹とともに靴磨きで稼ぎ、兄や佐々岡信哉とともに子供達だけで生き抜いていたが「刈り込み」により孤児院に入れられてから妹・千遥が親戚のところへ預けられ別々に過ごすことになる。孤児院でともに過ごしていた兄の願いで、剛男とともに北海道へ移住することになり9歳から柴田牧場で働き始める。誰も助けてくれないという状況の中たくましく生きて来たので、弱音を吐くことが苦手で、移住当初は柴田家の人たちともギクシャクした関係だった。泰樹に認められたことなどで、徐々に本来の素直さを取り戻し、クラスメイトの天陽の家の苦難を泰樹たちとともに乗り越えることとともに「開拓精神」を身につけて行った。
奥原咲太郎(さいたろう) 岡田将生
なつの兄。歌とタップダンスが大好きな陽気な兄。両親を亡くしてからも、妹のなつと千遥(ちはる)の親がわりとなり、笑顔を絶やさず懸命に育てる。なつを柴田家に、千遥を親戚に預けた後、しばらく孤児院で過ごすが、家出して行方不明となる。(これ以降は 東京新宿&アニメーション編 をご覧ください)
幼少期の咲太郎 渡邉蒼
空襲のさなかなつと別れ離れになるが、佐々岡信哉とともにいたなつと再会。そこからは子供たち四人でともに過ごす中、刈り込みを機に孤児院に入れられ、戦後に剛男になつを預けた後は連絡が途絶える。孤児院に入れられるまでは、得意のタップダンスを披露し、アメリカ軍兵士に気に入られ、外国製品を仕入れ、それを闇市で売ることで生活をしていた。人を本気で楽しませようとするのなら、知識をつけ、勉強することの重要さを亜矢美に教えてもらう。孤児院の歌として知られていた流行歌、「とんがり帽子(映画「鐘の鳴る丘」の主題歌)」を聴くと悔しさから涙を流すことがあった。その時に、”お前だって親を亡くした子供なんだから、人に甘えて泣いたっていい”と言われ抱きしめられる。それ以来ここは”ムーランルージュ”でははなんにだってなれると言われ、亜矢美のことを「母ちゃん」と呼ぶようになる。
奥原千遥 清原果耶
(詳細は→◯朝ドラ【なつぞら】キャスト登場人物【東京新宿&アニメーション編】広瀬すずの幼馴染に工藤阿須加 咲太郎の消息を知る女将に山口智子)
幼少期の千遥 田中乃愛
なつと咲太郎の妹。なつたちと別れて親戚に引き取られた時は5歳。親戚の人たちに懐いて暮らしているため叔母たちは咲太郎に「里心がつくといけない」と、手紙を出したり会いに来ない方がいいという。孤児院からおば・川谷としのところに引き取られた後、1946年の夏、6歳の時に咲太郎からの手紙を持ち、川谷家から家出をして行方不明になっている。原因は叔母・としからのイジメ。
なつの父/語り 内村光良
なつ(広瀬すず)や咲太郎(岡田将生)、千遥の父親。柴田剛男の戦友で、戦地・満州で戦死する。絵が上手く、戦地で兵士たちの家族の似顔絵を描いて周囲を明るくさせていた。徴兵前は妻とともに東京日本橋で料理屋を営んでいた。咲太郎は父の作る天丼が大好き。(そのほかは新宿・アニメーション編へ)
なつを引き取った【柴田家・柴田牧場の登場人物】
柴田剛男(たけお) 藤木直人
なつの父の戦友。なつの育ての父。富士子に恋したのち、婿(むこ)養子として柴田家に入る。戦友だったなつの父と、どちらかが亡くなった時は互いの家族の面倒を見るという約束をする。義理堅く、とても優しい男だが、義父の泰樹には気を使い、いつも頭があがらない。|近所の農家の候補者の一人で、富士子が「この人しかいない」と思い結婚を決めた。北陸の出身で、家の事情で高等小学校を中退し家族で北海道へ渡った。同郷のよしみで富士子の結婚候補者に入れられた。青年団の集会にも参加しその時もいつも本を読んでいるほど勉強をしたかった。酪農をやりたいけれど、漫画映画の道に進むことを柴田家への”裏切り”だというなつに、「それは裏切りじゃなくて成長だ。北海道にきてここまで成長してくれてありがとう。父さんは本当にうれしい。」と励ましの言葉をかける。「選んだなつの目に狂いはないと、私は信じています!」1966年秋ころ音問別農協の専務に昇進し、娘・夕見子の上司でもあった。1974年頃、妻・砂良と子供達と共に柴田牧場内に新たな離れを建て、そこで寝起きしている。1975年3月ごろに上京し、千遥が離婚し、それを機に血の繋がった奥原一家の兄姉妹が家族として暮らせるようになったことを見届ける。
柴田富士子 松嶋菜々子
剛男の妻。なつの育ての母。父譲りの優しさとたくましさを持ち、芯の強い女性。泰樹に家族で唯一、対等にモノを言える。なつとの関係にとまどいつつも、わが子同然に育てようと努める。明るい前向きな性格で、牛乳やバターを使ったお菓子や料理つくりが得意。|阿川家に行った時に、なつが絵を描く事が好きなこと、本気でアニメーターになりたいと思ってることを知り、いち早くなつの本心に気づく。1975年春頃上京して、なつの代わりに小学生になった優の世話をする。上京のお土産にジャガイモとバターを持っていく。そのジャガイモとバターは「大草原の少女ソラ」の作画の参考としてすぐに料理される。
柴田泰樹(たいじゅ) 草刈正雄
剛男の父。明治35(1902)年、18歳の時にひとりで十勝に入植。荒れ地を切り開き、稲作を試すが根付かず、酪農を始める。妻が病死した後、男手ひとつで、富士子を育てる。偏屈でガンコな性格ではあるが、深い愛をもった大樹(たいじゅ)のような男。なつに人生を生き抜く術(すべ)を教え込む。十勝のガンコじいさん。|1902年、18歳の時に一人で富山から北海道に渡り、それ以前から十勝に入植していた「晩成社」で学び、そこで牛飼いを勧められ酪農を始める。火山灰地のため土が悪く歯が立たなかったが、「晩成社」で作っていたバターを初めて食べた時「わしもうまいバターを作りたい、ここで生き抜く!」と決意した。一人で北海道へ渡り、10年余りを一人で過ごし、農家の一人の娘に惚れる。その農家に手伝いとして働き通い詰めてようやく結婚の許しをもらえ、結婚し、富士子が誕生した。娘・富士子が9歳の時妻が病気で倒れ、帯広まで医者を呼びに行ったが、お金がないので見てもらうことすら叶わなかった。妻の葬儀の時には「組合があれば、組合がなきゃダメだな」と後悔をにじませていた。農協など組合に理解がないわけではない。「雪月」のシュークリームが大好物。なつに対して失言してしまった時でも、お汁粉をガツガツ食べるほど、甘いものに目がない。なつが作ろうとしている「漫画映画」のことはよくわかっていない。「雪月」で食べた「パフェ」の感想は「なんじゃこりゃ」。なつの送別会に行くことはできず、一人泣き明かす。「クリームソーダ」はお代わりするほど好き。なつの20歳の誕生日の日、眠れない夜を過ごす。顔の見えない電話は嫌い。咲太郎に今まで生き抜いてきたことをねぎらい、これからも強く生きるように伝える。「百獣の王子サム」の放送を見てなつの名前を見つけて「おっ」と声を出す。結婚報告をする坂場についつい厳しく当たってしまうが、誰よりも結婚を喜んでいる。”新しいことをしなければ牛飼いとしての喜びを感じられなくなっている”として、農協の設立する「たんぽぽバター」に積極的に協力している。雪次郎と夕見子の結婚を喜ぶが、雪月のばあさんと親戚になるのは大問題。「わしもお前に育ててもろた。たくさん。たくさん夢をもろた。ありがとう。おめでとう、なつ。」1968年春、剛男と富士子とともに上京し、なつの出産に立ち会う。その際に生まれた女の子の名前をつけて欲しいとなつから頼まれて七日間考えた末に「優(ゆう)」と命名する。なつのように優しい子に育って欲しいという思いを込める。富山出身で、幼少期に両親を流行病で亡くし、農家の親戚の家に養子に入り、働かなければただの厄介者と思われるような環境だった。その後、18歳で北海道へ移住。帯広にちか十勝川のほとりで、三年のうちに原野を切り開いて国の検査を受けて合格し、自分の土地として認められる。1923年(大正11)、富士子が8歳の時に十勝川が氾濫。大洪水で家、畑、牛舎を流され、家族と馬だけで音問別町に移住。その後一年ほどで富士子の母(泰樹の妻)が病死により、他界。誰もが支え合うことで、数々の困難を乗り越えてきたという。同じような境遇でやってきたなつを、自分に重ねていた。1975年ごろ91歳になり、牧場の仕事には関わらず、全てを照男夫妻に任せる。開拓を始めて間もない頃、いくら開墾しても土地が肥えずあきらめかけた時、いつも朝日に励まされ乗り越えられた。1975年の夏に、なつたちとともに柴田牧場にやってきた千遥と再会したとき、千遥のことを無言で抱きしめ、その喜びを伝えた。
柴田照男 清原翔
柴田家の跡取り息子。父に似て、真面目で責任感の強い男の子。跡取りとして、祖父・泰樹や父から牛飼いの仕事を仕込まれるが、要領が悪く、なつにいつも先を越される。泰樹から、なつとの結婚を勧められるが、密かにそうなることを願っている。なつのもうひとりのお兄ちゃん。|泰樹からなつと結婚するように勧められるが、妹としてしか見ることはできなかった。砂良(北乃きい)に一目惚れし、頼まれてもいないのに牛乳を持ち込む。「目標達成には時間をかけることも重要だ」となつに助言する。砂良(北乃きい)のためにバター作りの腕を上げる。1969年1月に第二児が誕生。泰樹の意志を継いで、菊介らとともに柴田牧場を経営する。1973年9月までに「ミルカー」を三つ導入し、搾乳作業を効率化させる。この頃十勝の農家でも車やトラクターを利用するようになり、それまで所有していた馬は全て売却していた。電気で動く「パイプラインミルカー」の導入を機に、牛を増やし牧場を大きくするために動き出す。嵐で停電し、パイプラインミルカーが使えなくなったことをきっかけに、牛舎全体に全自動のミルカーを導入することを考え直すことになり、妻の砂良とともに、”自分たちの開拓”としてこれからも挑戦する決意をする。
柴田地平 吉田隼→小林颯
照男と砂良(北乃きい)の息子。小学生の頃「神をつかんだ少年クリフ」を見たが、途中で飽きた。愛称は「チーくん」1973年に中学生。「山田天陽は死に方までかっこいい。」と感じている。
柴田拓男 吉田奏佑
照男と砂良の次男。優と同級生。1975年4月から小学校一年生。
小畑夕見子(旧姓:柴田) 福地桃子
柴田家の長女。なつと同じ年の長女。甘やかされて育てられ、牛乳も酪農も北海道も大嫌い。読書が大好きで生意気盛りのツンデレな女の子。何事にもひたむきな、なつとの出会いをきっかけに、少しずつ嫌いな物へも目を向けていく。本当の姉妹よりも、なつとなかよし。|牛乳は「絶対飲まない」と言いながら、バター、アイスクリームなどを美味しいといい口にする。北海道大学へ行くことが目的なのではなく、「女のくせに」と言うよの風潮に負けたくないと思い、そのために十勝から出て行こうとしている。自分の生きる場所は自分で選べる人になりたいと考えている。なつがよく絵を描いていることをただの”落書き”だと思っていた。「牛乳鍋」も食べられる。1956年3月に北海道大学(元農業学校)を受験をする。大学の試験は「スキー大会」のようなものだとしか考えていない。音問別の女性で初めて北海道大学に合格し、”世界の女”になると話す。1959年5月、千遥が去った後、柴田牧場へ帰郷する。「ヘンゼルとグレーテル」がなつの生い立ちに似ていることに気づき、題材にして作るべきだとなつに助言する。大学三年の1959年初夏、学生運動に参加するために、彼氏の高山昭治(須藤蓮)と上京する。1966年秋ころまでに音問別農協で働くようになる。通訳兼任という形で音問別農協の田辺組合長とともにヨーロッパ視察へ行き、そこで酪農家たち自らが生産から販売までを行うあり方を見て、農協と酪農家たちで乳業メーカー「たんぽぽバター」を設立する。「おバタ餡サンド」が完成した時雪次郎から結婚を申し込まれ受け入れる。いつからか結婚するなら雪次郎しかいないと考えていた。牛乳はまだ飲めない。雪次郎との結婚後は、農協を退職し「たんぽぽバター」の工場に勤務。そこで牛乳の紙パックを開発中。1968年秋に第一子が誕生。姑らとの間で一悶着があり、ちょっとしたパニック。テトラパック型のたんぽぽ牛乳を東京で売り込んだ後は、ディスカバージャパンなどの旅行ブームの影響で旅行客相手に繁盛していた「雪月」の経営を手伝うようになる。いまだに牛乳は飲めない。牧場でアイスを販売しようとしている砂良と富士子に「雪月」の小豆のアイスクリームに何を入れているかと聞かれるも、企業秘密として教えない。1975年、なつと千遥が柴田牧場に戻ってきた時の停電の時、富士子から搾乳を教えられできるようになる。
柴田明美 平尾菜々花→鳴海唯
柴田家の次女で、長女の夕見子とは7つ違い。自由に振る舞う姉・夕見子とは対照的に、いつでも家事を手伝うしっかり者。物心がついたときから柴田家にいるなつを、本当の姉のように慕っている。|千遥になつに似てると言われ喜ぶ。大学生になり「神をつかんだ少年クリフ」は楽しんで鑑賞した。信哉(工藤阿須加)のように、報道記者のような仕事に興味を抱いている。女子大卒業後、札幌の放送局に就職。夕見子に似て、結婚相手を見つけようとする富士子に反発するが、夕見子のことは中途半端だと感じている。職場で”猿山のような男たち”を見ていて、男は小さいと感じている。1974年には東京の放送局に勤めている。上司(デスク)は佐々岡信哉。
戸村悠吉 小林隆
泰樹の右腕的存在の従業員。泰樹の右腕的存在。貧しい開拓農家に生まれ、十五の時に豪農に奉公に出されるが、泰樹の酪農をたまたま手伝いに来た時に、彼の情熱にひかれ、そのまま居座る。穏やかで楽しい人物で、「牛のことならこの人に聞け」と言うとても頼りになる男。|貧しい開拓民の八男。子供の頃に奉公に出され、泰樹に出会い酪農を教えられ、狭いながらも自分の土地を持つようになった。その土地を今でも耕作しているが、朝晩は柴田牧場で働いている。泰樹とともに酪農をやる中で、柴田牧場を自分の牧場のように思っている。腰がこわい(痛い)と引退を考えている。「たんぽぽバター」設立に立ち会った際、世代交代がやってきていることを実感する。
戸村菊介 音尾琢真
悠吉の息子。独立して、いつか自分の土地で牧場を経営したいと思うが、泰樹の牧場を大きくする夢にも魅力を感じている。なつにとっては、頼りになる酪農の良き先生。のちに照男の後見役となり、柴田牧場の発展に大きく貢献する。|開拓青年団スキー大会の戦後の初代優勝者。その後も後輩の指導に余念がない。なつに肩もみをするから「北海道で漫画映画を作ればいい」と言う。「テレビくらい買え、遅れてる。」と話す泰樹に「労働組合を作って賃金上げさせるべ」と話す。「俺らが作った牛乳で人に感動を与えるものになるなら、こったら嬉しいことはないもな」と十勝地区農協組合長会で発言し、これがきっかけで反対派をも説得し「たんぽぽバター」設立に大きく影響を与えることになる。1960年後半頃には、照男とともに柴田牧場を中心になって経営している。
【山田家の登場人物】戦後、東京から入植した一家
山田天陽 吉沢亮
なつの小学校からの友人。なつに絵心を教えた青年画家。美術の才能があるものの、貧しく進学せずに農業を手伝う。農作業の合間に、べニヤ板に描く絵は繊細にして大胆、躍動感あふれる馬の絵が得意。アニメーターを目指すなつに絵心を教え、彼女の生涯に大きな影響を与える。|「(アニメで)なんでもできる」と言うことは、何もない未開の土地を開拓するように、相当の覚悟がなければできるようなことではないとなつに話す。なつのことは好きで十勝から出て行って欲しくないと思っているが、なつの夢を諦めて欲しくないと思い、本心を言えずにいた。「人間の生き方にいいも悪いもない。それは人間がこしらえた観念。だから、自分がどう生きたいのかどうしたいのか自然な気持ちに従えばいい。」なつはいつか十勝からいなくなると確信しており、かつてなつが天陽が十勝で暮らせるよう協力してくれたように、なつが望む道を歩めるようにすることが、自分が守るべきことだと考えている。1955年当時、山田家ではじゃがいも、ビート、そばを栽培していた。「俺は待たんよ。なっちゃんのことをここで。帰るのを待たない。俺にとっての広い世界はベニヤ板だ。そこが俺のキャンバスだ。何もないキャンバスは広すぎて、そこに向かってると無力ばかり感じる。けど、そこで生きている自分の価値は、他のどんな価値にも流されない。なっちゃんも道に迷った時は、自分のキャンバスだけに向かえばいい。そしたら、どこにいたって俺となっちゃんは、何もない広いキャンバスの中で繋がっていられる。頑張れ!頑張ってこい、なっちゃん。」送別会の席で「俺はなっちゃんが好きだ。それはこれからも変わらない。」となつに伝える。1957年冬、靖枝と結婚する。1959年5月頃、牛二頭を飼うようになる。牛小屋の一部を絵を描くスペースとして使っている。1958年にも馬の絵を描いて入賞する。「わんぱく牛若丸」を帯広の映画館で見る。居村良子(富田望生)と門倉努(板橋駿谷)のやっている青年団の演劇で舞台美術を頼まれ背景を描く。そこで手伝いをしていた靖枝(大原櫻子)と出会い好きになり結婚する。1964年に男の子が誕生。「僕が生きる場所を選んだように、なっちゃんも生きる場所を選んだだけなんだ、純粋に。アニメーションの世界を僕はわかりません。なっちゃんと生きられるのはイッキュウさんだけなんです。どうか、なっちゃんのことをよろしくお願いします。」。1973年春ごろ、風邪を拗らせて入院。その前年に馬が死に、代わりにトラクターの導入するために稼ぎを必要としていた。絵を描いて稼がなければ、牧場を続けられない状況に追い込まれていた。信用金庫のカレンダーの絵や、北海道の展覧会に出品してたくさん受賞。帯広の画廊とも契約し、東京の画壇でも名の知られる画家となっていた。1973年夏に退院したものの8月頃には再び帯広の病院に入院。「一週間で退院できる」と言われたとして家に帰宅し、その後”巨大な前足を上げた馬”の絵を描き上げ、自らの耕作地であるジャガイモ畑で倒れそのまま息をひきとる。享年36歳。画家として雑誌に載るほどに名の知られる存在になっていて、葬儀にはテレビ局や新聞社も来るほどだった。実際は回復の見込みのない病で、家族に会うため、そして、お金になる絵を残すために家に戻った。絵を描いて売ることは、家族のために狩りをするようなもので、自然なことだと考えていた。死後に霊としてなつと対話し「優ちゃんのために狩りをすると考え、十勝を出て行くときにした約束を守って、これからも頑張れ。」と励ます。生前に「雪月」の包装紙のデザインを依頼され、十勝の風景の中に少女が佇む絵を描く。その少女は、なつのように、開拓者精神を持つ人たちを象徴している。そのような素敵な出会いが「雪月」のお菓子をきっかけになるようにとの願いも込められている。
山田靖枝 大原櫻子
山田天陽(吉沢亮)の妻。愛称は「やっちゃん」。青年団の演劇に携わっていて、そこで天陽と出会う。開拓農家の娘で、開拓民の苦労を経験している。1964年に男の子を出産。画家と農業を両立させようとする夫のため、大変な思いをしていた。天陽が死の直前に家に帰ってきたのは、ここに”命を蒔くため”に帰ってきた、だから、離農はせずにこの土地で生き抜くと決意する。天陽の死後、ジャガイモ畑の土に耳を当てていたところ「天陽はここにおる。そのことをあんたが忘れなければ、天陽はいつまでも生きていられるべ。わしの中にも天陽はおる。」と泰樹から励まされる。
山田道夫 中川望
天陽と靖枝の長男。幼少期の天陽のように、この土地で生き抜くと決意する。
山田彩子 古川凛
天陽と靖枝の長女。幼少期の天陽のように、この土地で生き抜くと決意する。
山田陽平 犬飼貴丈
なつに絵を描くことを教えてくれた天陽の兄。彼自身も絵画の才能に恵まれ、貧しい農家の長 男でありながらも奨学金を得て芸術大学で学ぶ。兄を探しに東京に出てきたなつに、漫画映画の世界を紹介する。|仲努の大学の後輩で、その紹介でアニメーション会社「新東京動画」で手伝いをし、大学卒業後、アニメーターの試験を受け「新東京動画」が「東洋映画」に吸収合併され、「東洋動画」となった後もアニメーターとして活躍する。弟・天陽の絵の方がうまいと思い羨んでいる。なつは天陽と交際していると思っている。設立当初の「東洋動画」は人手不足なので、女性でも「東洋動画」で働ける可能性があることを手紙で天陽に伝えていた。東洋動画スタジオの美術課で背景美術を担当している。なつと坂場が結婚することを東洋動画で知る。1974年4月頃、「大草原の少女ソラ」の美術監督として東洋動画から移籍する。
山田タミ 小林綾子
天陽の母。正治の妻。近隣の農家を手伝い、そのアルバイト収入で家計を支える。東京育ちのおっとりとした性格で、農業も苦手。同じ東京育ちのなつがお気に入りで、天陽を訪ねて遊びに来るとついつい話が弾んでしまう。
山田正治 戸次重幸
天陽の父。戦争で家屋を失い、一家での北海道移民を決意する。政府にあてがわれた土地は荒れ地で、農業経験もほとんどなく、開墾は難航。郵便配達をして生活費を稼ぐ。その後、泰樹たちの助けがあり、人並みの生活を送れるようになる。|東京の空襲をきっかけに「拓北農兵隊」として北海道へ入植するが、耕作に向いている土地ではない場所を耕すことができず、郵便局の配達の仕事をしていた。泰樹やなつのおかげで、農家として生計を立てられるようになる。入植当初は寝る時に「子供の背中に雪がつもる」ことや、寒さを耐え忍ぶために「焼き石を抱いて眠る」というような、苦しい時を家族とともに乗り越えてきた。
お菓子屋【雪月の登場人物】
小畑雪之助 安田顕
十勝・帯広のお菓子発明王。帯広に父の代から和菓子屋を構える。砂糖が統制品となる中、ビート(砂糖大根)を使ったアイデア商品をつくり、戦後の混乱を乗り切る。のちに泰樹のバターや牛乳を生かした創作菓子を開発、北海道有数の製菓メーカーへと発展させる。|戦前の1931年、17歳から5年間新宿の川村屋で修行していた。「雪月」のシュークリームは、「川村屋」のクリームパンの「クリーム」と似ている味。天陽の絵のように「十勝で生きている人でなければ作れないモノ」というコンセプトで、地元十勝のバターを使ったバターせんべい「開拓者の郷」を考案する。「パフェ」を十勝で初めて作る。試食した泰樹は「なんじゃこりゃ」と感想を漏らす。マダム光子と連絡を取って、高校卒業後になつが東京に行く時の仲介をする。おでんや「風車」で酔っ払った末「なつが北海道の牧場でこき使われて、兄が作った借金を返すために川村屋で働いている」と、なつの生い立ちの悪い部分ばかりを亜矢美に話して聞かせる。銀座でお菓子の勉強をして、クリームソーダを帯広で作る。1957年秋頃、雪次郎の手紙を読み上京し、息子の覚悟を見届け北海道へ戻る。「雪月」は、とよの夢を継ぐ形でこれまで続けてきた。方法は違えど雪次郎も家族を大切にしているとなつに説得され、自分の生き方を貫く雪次郎を許し、フランス菓子の基本である「ジェノワーズ」を雪次郎に作らせ、役者としての道を応援するようになる。なつと夕見子の合同挙式ウェディングケーキを製作する。
小畑とよ 高畑淳子
雪之助の母。菓子職人の先代の元に嫁ぎ、わがままな夫に苦労するうちに強い性格になる。お年にもかかわらず、歯に衣を着せずとてもおしゃべりなバアさんで、常連客の泰樹にも毒舌を浴びせる。十勝のことなら何でも知っている、生き字引のような存在。帯広のおしゃべりばあさん|「開拓者の郷」の容器を、「晩成社」のバター缶のパッケージを参考にデザインする。「ほんとのことを言い合えなければ、十勝では心までしばれてしまう。」となつが泰樹(草刈正雄)に言えずにいたことを言うべきだと背中を押す。夫がエンドウ豆の相場で女と借金を作った時、子供・雪之助を守るために姑や小姑と戦い、結果として家を出た。早い段階で雪次郎の決意を知り、雪次郎が自分の思う道に進むよう認める。息子・雪之助に自分の夢を背負わせて苦労をかけたことを雪之助に謝る。酒に弱い。雪次郎と夕見子の結婚を喜ぶが、柴田のじいさんと親戚になるのは大問題。天陽を失い悲しむなつに「先に逝った者に恥ずかしくないように強くきろ。」と言葉をかけて励ます。1923年頃、十勝川氾濫の頃にはすでに嫁いでいた。酒飲むれが川に戻ってくると、銀色に光り輝く様を鮮明に覚えている。
小畑雪次郎 山田裕貴
なつの幼なじみ。お調子者で目立ちたがり屋。農業高校時代は演劇部にハマり、クラスメイトのなつを部活に誘う。卒業後は、日本一の菓子職人になるべく修業のため、なつと一緒に上京する。なんでも話せるなつの親友。|高校の演劇部の舞台「白蛇伝説」で主人公・ポポロを演じる。高校卒業後の修行先は新宿の「川村屋」。|夕見子(福地桃子)のことが好き。北大を出た夕見子に美味しいと言ってもらえるお菓子を作ることが夢。新宿で劇団「赤い星座」の公演「人形の家」をみて大いに感動する。芝居は「運動」ではなく、人間を描き出すことが演劇だと、イプセンの言葉を引用する。本を読んでわからなかったことが「人形の家」をみたことでわかるようになり、その後も蘭子の芝居を見続ける(川村屋の仕事を終えてから間に合う第三幕からを全て観覧)。1957年夏。劇団「赤い星座」のオーディションで、ピアノの伴奏に合わせ、高校演劇で学んだ発声練習と「白蛇伝」を熱演する。帯広の家族には一言も事情を説明せずに、劇団のオーディションを受けて、芝居の道に進む覚悟をしているが、なつに猛反対される。通称「雪次郎の乱」。役者として生きていく決意をしたにも関わらず両親と祖母を説得することから逃げていたが、「川村屋」で修行した成果を見せることで最後まで反対していた父・雪之助からも認められ、晴れて役者の道を進むようになる。1958年頃から咲太郎が裏方をしていた劇団「赤い星座」に所属する。ご飯が食べられないことよりも、魂が生き生きとできる演劇をやる決意をする。声優事務所に所属し「拳銃渡世人」の録音に参加する。蘭子とともに役者として生きていきたいと告白するが、勘違いしていると叱られる。虻田たち、若手役者から新しい劇に誘われた時、心に迷いが生じていた。蘭子から叱られたことが、蘭子が雪次郎の力を認めて独立したほうがいいと思い蘭子から雪次郎が離れられるようにわざと叱りつけたと知る。そのように、蘭子の本心を知った上で考えた結果、「雪月」に戻り菓子職人として開拓する決意を固める。亜矢美が咲太郎のことを男として好意を抱いているのではないかとなつだけに伝える。1963年12月、クリスマス直前に帰郷し、およそ5年あまり役者として精一杯新宿を開拓したが、菓子職人に戻る。1966年秋、「おバタ餡サンド」を考案。ブッセ生地とバターせんべいを使用。これをきっかけに夕見子に結婚を申し込み結婚が決まる。
小畑妙子 仙道敦子
帯広の菓子店「雪月」の店主・雪之助の妻。おっとりしているように見えるが、気の強い姑・とよ(高畑淳子)に対しても、さらっと意見を言うしっかり者。しかも最近、とよに似てきたと言われ・・・|「アイスモナカ」を考案する。雪次郎が上京して「雪次郎ソーダ」になるのではと心配する。雪次郎がやりたいことを応援するが、役者になることを応援しているわけではない。
なつの通う【十勝農業高校の登場人物】
門倉良子(旧姓:居村) 富田望生
女子学生が少ない十勝農業高校において、なつの仲良しなクラスメイト。いつでものんびりし ていて、しっかり者のなつとは対照的な性格。なつが演劇部に誘われると、いっしょに入部するが・・・|演劇部では裏方のスタッフとなり、手が器用なため、「白蛇伝説」の衣装製作をほぼ一人で手がける。門倉努(板橋駿谷)からのプロポーズを断る。高校を卒業した後、門倉努(板橋駿谷)らとともに青年団の演劇をやっている。1966年秋までに門倉努(板橋駿谷)と結婚し、二人の子供を出産。三人目がお腹の中にいる。祖父の出身は徳島県。
倉田隆一 柄本佑
十勝農業高校の演劇部の顧問。自ら脚本も書く、演劇にものすごい情熱を注ぐ熱い男。理屈っぽい難しい発言が多く、なつを悩ませることもしばしばだが、その言葉がなつの問題解決のヒントとなる。|とよばあちゃんにあれこれと言われているうちに禁煙することにする。台本執筆などの際「魂で文章を書く」と、解読困難な文字になる。「白蛇伝説」を作るために阿川家にも取材に行っていた。「魂は一つ。どこにいてもその魂をめいいっぱい育てろ。」と卒業するなつたちに言葉を送る。「神をつかんだ少年クリフ」を観てなつの魂を感じ、素晴らしかったと評価する。農民が企業に頼らずに消費者に製品を届る形は、非常に画期的なこと考え注目している。十勝地区農協組合長会での最終決議には学校の授業があったため参加できずにいた。
門倉努 板橋駿谷
十勝農業高校農業科生徒。バンカラ(言動などが荒々しく、またあえてそのように振る舞う人)な校風の「勝農」で「番長」と呼ばれ恐れられており、「クマとサケを取り合って勝った」という伝説を持つ。実は演劇をやりたかったらしく、なつが演劇部に入ったと聞いて自らも入部する。見た目とは裏腹に真面目な性格。実は1年留年しているため、なつたちより一つ年上で、高校三年生ながら19歳(で無事卒業)。演劇部では裏方を担当していたが、「白蛇伝説」の村長役を後輩の高木から「貫禄がない」という理由で奪い取る。「白蛇伝説」でセリフが飛び突如「FFJの歌」を歌い、それが入賞できなかった要因だと本人以外は考えている。「白蛇伝説」が終わった時になつに結婚を申し込むが即答で断れる。高校卒業式の日に、良子(富田望生)に結婚を申し込むが即答で断られる。良子(富田望生)らとともに青年団の演劇をやっている。1966年秋までに良子(富田望生)と結婚し、良子の実家の酪農を受け継いでいる。このころの北海道酪農の9割は赤字経営という現実に直面していて、原因の一つは生産した牛乳が、バターなど加工品の原料として安く買い上げられてしまうこと。なつの結婚式でなぜか号泣。種まき機「ラッパ」、三つの畝を一度に掘り起こせる耕作機「三畦カルチベータ」をアニメーターたちに紹介する。祖父の出身は香川県。
太田繁吉ノブ(千鳥)
十勝農業高校教師。なつの担任。岡山県出身で、北海道に赴任してきた。
そのほかの生徒
高木勇二(重岡漠)|十勝農業高校生徒。演劇部員。舞台「白蛇伝説」では村長を演じる。が、その後、門倉にその役を奪われる。
石川和男(長友郁真)|十勝農業高校生徒。演劇部員。舞台「白蛇伝説」では村人1を演じる。
橋上孝三(山下真人)|十勝農業高校生徒。演劇部員。高校の演劇部の舞台「白蛇伝説」では村人2を演じる。
森の中に暮す【阿川家の登場人物】
阿川弥市郎 中原丈雄
十勝の深い森に住み、木彫りの熊など民芸品をつくり、暮らしている。以前は東京に住んでいたが、あることをきっかけに娘と一緒に十勝に移住してきた。吹雪の中で倒れたなつを救い出したことがきっかけで、柴田家とも交流を深めていく。|戦前、東京で教師をしていたとき空襲に遭い妻を失う。かつては軍国主義を子供達に教え込んでいたが、戦後も教師を続ける気にはならなかった。終戦後、娘とともに十勝へ移り住み、開拓はせずに木彫りの熊を彫り、お土産として帯広で売ることで稼ぎを得ている。なつと同じく、戦争で最愛の人を失った悲しみや怒りを抱え、弥市郎の場合はその気持ちや魂を木彫りの像に込めている。その思いが込められ、なんとも言えない表情の像のことを「木魂(コダマ)」と表現する。どこか抜けているなつのことを「しっかりした子供」と呼ぶ。千遥が行方不明になった時、捜索を手伝う。娘が結婚すると聞いて”無性に熊が撃ちたくなった”ので熊を撃ち、熊鍋として柴田家で振る舞う。「あいつは作品そのものになったんだ。俺は羨ましいとさえ思う。俺は、天陽になり損ねて生きてるだけだ。」
柴田砂良(旧姓:阿川) 北乃きい
弥市郎のひとり娘。十勝に移り住み、父とふたり、ひと気のない森の中で暮らしている。自ら狩りや漁をして、朴訥(ぼくとつ)な父を支える働き者の美しい娘。やがて、なつの家族との交流を通して、外の世界との関わりを持ち始める・・・。|湖でオショロコマを獲った帰りに、吹雪の中倒れているなつを見かけ助ける。倉田が創った演劇「白蛇伝説」の登場人物「白蛇の化身」のモデル(だとなつは確信している)。熊から「ラブレター=鮭)」をもらった事がある。味噌の汁物に牛乳を入れる料理を作る。照男と結婚後は柴田砂良となり、柴田家で暮らすようになる。新婚旅行では東京の新宿にもいく。父の彫刻の仕事は、自らの意思で手伝っていて、父からは「自分の好きなように生きろ」と言われていた。柴田家に嫁いでからも、時たま父を手伝いに行く。柴田牧場のバターを作ることが夢だったなつに代わり、泰樹、照男とともにバターを作ることになる。1958年5月頃、妊娠している。嫁入りしてから半年間、泰樹から「砂良さん」と呼ばれていた。1969年1月に第二児が誕生。富士子とともに、使わなくなった作業場の一つを改装して、柴田牧場のアイスクリームを販売しようと計画している。
そのほかの登場人物
佐々岡信哉 工藤阿須加
なつの幼なじみ。戦争で家族を失い、なつたちと行動をともにしていたが、生き別れてしまう。その後、苦学して大学に合格するも、なつや咲太郎と再会する日を夢見て、みんなの消息を探す。なつの運命を左右する人物として、ある日、突然現れる。佐々岡医院の息子。(詳細は→◯朝ドラ【なつぞら】キャスト登場人物【東京新宿&アニメーション編】広瀬すずの幼馴染に工藤阿須加 咲太郎の消息を知る女将に山口智子)
田辺政人 宇梶剛士
十勝音問別の農協組合長。剛男の上司。十勝を酪農王国にしたいという夢を持っている。1966年ころ、十勝地区農協組合長会の会長になっている。国と企業(メーカー)が加工品のための乳製品を安くしか買わないという現状を打破するために、夕見子らとともに”農民が企業に頼らずに消費者に製品を届る”という形態の十勝協同乳業設立のために動く。十勝が集約酪農地域(国からの補助金を受けられる代わりに独立した乳製品工場を設立できない)に指定されることになり、設立を早めることになるが剛男や夕見子らとともに危機を乗り切り、乳業ブランド「たんぽぽバター」を設立(会社名は十勝協同乳業)。「たんぽぽバター」設立の時になつが結婚報告のために帰郷したことは”天の恵みだ”と喜んでいた。それまでの疲れが溜まっていたため、届け出を出した日に静養を兼ねて帯広の病院に入院。ヨーロッパ視察から乳業メーカー設立までわずか三ヶ月で来たため、届け出を出したとき意識を失いそうになる。
村松 近江谷太朗
柴田牧場の牛乳を買い取っている乳業メーカー「ホクホク牛乳」の従業員。
大清水洋 森崎博之
十勝支庁の支庁長。「たんぽぽバター」の設立の届け出を受け取る。道産子として、誰よりも十勝の酪農を守ろうという思いは強い。(第19週 2019年8月5日(月)〜登場)
組合長 大森輝順
十勝地区農協組合長会で行われた工場設置届の最終決議で反対意見を出した組合長。菊介の意見に考えを改め賛成に転じる。
北海道十勝編 全キャスト登場人物一覧
【北海道十勝編】
奥原なつ 広瀬すず(幼少期:粟野咲莉)
奥原咲太郎(さいたろう) 岡田将生(幼少期:渡邉 蒼)
奥原千遥(ちはる) 清原果耶(幼少期: 田中乃愛)
なつの父 / 語り 内村光良
【柴田牧場】
柴田剛男(たけお) 藤木直人
柴田富士子 松嶋菜々子
柴田泰樹(たいじゅ) 草刈正雄
柴田照男 清原翔(幼少期:岡島遼太郎)
柴田明美 平尾菜々花 (幼少期:吉田萌妃)
柴田夕見子 福地桃子(幼少期:荒川梨杏)
戸村悠吉(とむら ゆうきち)小林隆
戸村菊介 音尾琢真
戦後 東京から入植【山田家】
山田天陽(やまだ てんよう) 吉沢亮(幼少期:荒井雄斗)
山田陽平 犬飼貴丈(幼少期:市村涼風)
山田タミ 小林綾子
山田正治 戸次重幸
【お菓子屋 雪月】
小畑雪之助 安田顕
小畑とよ 高畑淳子
小畑雪次郎 山田裕貴(幼少期:吉成翔太郎)
小畑妙子(おばた たえこ)仙道敦子
【十勝農業高校】
居村良子(いむら よしこ)富田望生
倉田隆一(くらた ゆういち)柄本佑
森に住む【阿川家】
阿川弥市郎 (あがわ やいちろう)中原丈雄
阿川砂良(あがわ さら)北乃きい
【そのほかの登場人物】
佐々岡信哉 工藤阿須加(幼少期:三谷麟太郎)
放送情報
【放送局】NHK総合/BS プレミアム
【初回放送・曜日】2019年4月1日(月)~9月28日(土) 全156回(予定)
NHK総合|[月~土]8:00~8:15 / 12:45~13:00(再)
BS プレミアム|[月〜土]7:30~7:45/11:30~11:45(再)[土]9:30~11:00(1週間分)
【ダイジェスト放送】
NHK総合|「なつぞら一週間」(20)[日]11:00~11:20
NHK総合|「5分で『なつぞら』」(5)[日]5:45~5:50/5:55~6:00